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2005年10月8日発行

ジリツ! レイ!

NPO法人レイ
第7号


NPO(特定非営利活動)法人レイ
自立生活センター レイ
(自立生活プログラム ピアカウンセリング 自立生活体験室)
東京都指定障害者(児)居宅介護事業所
東京都指定居宅介護従業者養成研修事業所
ギャラリーSHOPレイ(デジタルデザインプリント)
重度身体障害者ITサポートセンター
〒173-0024 東京都板橋区大山金井町27-8
TEL/FAX03-3554-6122・6125(事務所兼SHOP)
http://homepage3.nifty.com/npo-lei
E-mail:npo-lei@nifty.com


ごあいさつ
秋が深まってまいりました。ディズニーランドは、もうすぐクリスマスバージョンに変わります。
自立支援法の信号は、点滅から点灯へ・・・。現在、障害者界で問題にしているのは、そもそもこの自立支援法は、支援費制度で膨らみ始めた財政を抑えるために厚生労働省が実態把握をしないままに立案したというところにはじまります。
例えば居宅介護をとっても、支援費制度では、介護に当たるヘルパーの資格を重視したために、それまで障害者に関わっていたボランティア的な立場の人々を障害者から遠ざける結果になってしまいました。いまさら、お金が足りない部分は、住民参加の助け合いで(ボランティア)まかなえといわれても無理な話です。それに同じことをやってもらうのに方や、ちゃんとした報酬を払ってやってもらって、方や無報酬でやってくれというのは、障害者にとっても言いにくいことだと思います。今、厚生労働省はこれを国民に(障害者にも、地域住民ボランティアにも)求めているのです。
他にも問題点はたくさんありますが、私達は支援費制度にこぎつけた居宅介護の水準を絶対に落とさせてはならないのです。まもなく自立支援法は施行されるでしょう。施行までが私たちの正念場です。頑張りましょう。
自立支援法の行方は、私たち障害者の生活だけではなく、支援費制度の施行により、介護の仕事を選んでくれた多くのヘルパー、一人一人の生活に多大な影響を及ぼすものなのです。
レイは、社会の動向に目を見張りながらも、自立支援の分野の充実を図るために、体験室に、シャワールームを設置ことに致しました。レスパイト、自立生活体験、用途はあまり問わずに、多くの皆さんに体験室をご利用いただきたいと考えておりますので、お気軽にご相談下さい。

原田

レイの自立生活プログラム(グループ)

CILレイはこれまで自立生活プログラムを実施してきて、言語障害の強い方や言語による表現が苦手な方にプログラムを提供する場合、時間的な制約がありすぎると、受ける側も、進行する側も伝えたい事を十分に伝えきれないということになってしまい、結果、プログラムの意味も効果も半減してしまうという反省を元に18年からのプランニングを作成しました。
私たちのプログラムの目的は、その人なりの表現の仕方を会得していただくところにあります。誰かに何かを語る機会としても飛び出してきて欲しいのです。
ご希望により、個別の自立への相談にものらせていただきます。

主   催CILレイ
受講の仕方興味のあるテーマを選んで受講できます。
受 講 料各テーマ 1000円 ただしイベント的なこと(調理、日帰り旅行等) 
を織り込んだ場合は、実費負担になります。
会   場レイ事務所 (大山金井町27−8  Tel 3554−6125)
送   迎必要な場合は相談下さい。

平成18年 予定(基本的に土曜日の1:30から4:00)
1、2月自分の障害を知る (出来ることと出来ないことを知る)
1月8日、1月28日、2月4日、2月18日
3、4月親子関係 (嫌とは言えないのはなぜ?)
3月4日、3月25日、4月8日、4月22日
5、6月介助者との付き合い方 (他人介助をうまく受けるには)
5月13日、5月27日、6月10日、6月24日
7、8月自分のやりたいことをやるために (意思を表明するには)
7月8日、7月22日、8月12日、8月26日
9、10月制度について (どうやって介助者や収入を得たらいいか)
9月9日、9月23日、10月14日、10月28日
11、12月一人暮らしをするには (自立ということを考える)
11月11日、11月25日、12月9日、12月23日
平成19年 予定
1、2月自分の性について考える (恋愛、結婚、子育ては夢ではない)
1月13日、1月27日、2月10日、2月24日
3、4月働くこと (社会にインパクトを与えることが私たちの仕事)
3月10日、3月24日、4月14日、4月28日

入院時のヘルパー派遣が認められる

コミュニケーションに支障のない24時間介護の男性に、約半年に及ぶ交渉の結果、入院時のヘルパー派遣が認められました。
一人暮らしをしている男性が、四月、体調を崩し、緊急入院することになりました。
入院は彼の場合、専門病棟に入院することが望ましい状態なのですが、ベッドの空きがなく、彼はやむなく一般病棟で過ごすことになりました。体位変換その他にほぼ10分置きに介助者の手を要する彼が一般病棟の看護だけで過ごせるはずも無く、彼は事業所にヘルパー派遣の継続を依頼しました。それを受けた事業所は病院まで出向き、状況確認をし、彼との合意のもとにCILが行政交渉を始めました。その時々で変わる担当官の発言。病院に行っていたヘルパーに細かな状況説明をしてもらいましたし、「入院しているうちに実地見聞をしてくれ」と担当官に言いましたが、動かず。退院まで担当官が調査に行くことはありませんでした。退院後彼を交えて、本格的な交渉に入りましたが、当地区の行政責任者らは支援費制度の建前だけをあげ連ねて要望に対して拒否するばかりでした。彼はCILのアドバイスのもとに、オンブズマン制度を利用して行政に対して意見してもらうことにしました。オンブズマンは、本人とCILが強く指摘していたように、「一般病棟に入れられたために看護が手薄なのは病院側も懸念しており、介護者をつけることを病院側が認めていたこと」、「担当官が要請されたにもかかわらず入院中の実地調査を怠っていたこと」をあげて行政にたいして強い口調で意見書を提出しました。これを受け行政は方針を一転して、彼の入院時の支援費制度においてのヘルパー派遣を認めるという結論を出しました。
彼の一連の交渉は当区において全身性障害者の入院時の生活の安定に寄与するものになったと思います。

原田

自立支援法下の地域の情勢

障害者自立支援法が成立し、長時間介護を必要とする重度障害者は、各地域において、命をかけた闘いを取り組まざるを得ない状況に突入しました。
自立生活センターレイによる、2004年9月の支援費制度シンポジウム開催(もざいく40号参照)から2005年8月1日の自立支援法フォーラムの開催(ジリツレイ号外参照)。この過程ではじめて板橋区における、長時間介護を必要とする重度障害者の連帯が実現しましたが、これはすなわち50万人板橋区においても10数名しか実現していない、長時間介護を必要とする、重度障害者の自立生活を自分たち自らの力で勝ち取り守っていかなければならないという、危機感の現われだと思います。
長時間介護は、自立支援法の「障害程度(時間)区分」や「上限設定」で決して崩されるわけには行きません。一時間とて減らされるわけには行かないのです。板橋区当局は例年通りの予算を確保したと言っています。しかし、厚生労働省がこれから発表する区分や上限を超える部分についての負担を自治体に押し付けてくれば、それはそのまま区の負担増になることは明らかなのですから、前年同額予算ではだめなのです。絶対に増額させなければ、重度者の現状=命は守れないのです。
私たちは将来長時間介護を受けることになる、若い仲間達も含め、地域での徹底した取り組みを行っていきます。与野党を問わず区議会議員には、絶対に理解してもらわなければなりません。また障害関係団体にも賛同して頂かなければなりません。そしてなによりも区民に訴えていかなければならないと思います。
仲間の皆さん、支援者の皆さん、最後まで戦い続けよう!!

種村

05‘11.22
長時間介護の水準を守れ!デモ行進をしよう


11:30大山公園→板橋区役所→遊座大山→大山公園13:30

          集まれ! 自分らの生活のために!



レイを辞めることになりました。

レイができてから2年半、立ち上げの話し合いを入れるとまるまる3年、立ち上げスタッフへのお誘いを受けて始まったものの、経理と言う仕事を仰せつかり、経理のけの字も知らなかった私は、パソコンの会計ソフトと格闘しながらも、何とかやって来られたのは、税理士の林さんや、監事のTさん、理事長をはじめ職員の皆様の、暖かい手助けと助言のお陰だと感謝しております。皆様、本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありませでした。そして、有り難う御座いました。
私はこの9月いっぱいでレイを退職しましたが、その主な理由は、体調不良です。首の関節(頚椎)の軟骨の磨り減り・ずれから来る、首・肩・腕の痺れ・痛み・脱臼による股関節の痛み等が悪化して、通勤や長時間の会議等に耐えられなくなったのです。
辞めたといってもNPOと有限の決算処理のため、なんだかんだで、12月頃まで木曜日にレイに伺うことになりますので、よろしくお願いします。 

大蔵

交  通  行  動

ハンドル式電動車いす、エレベーターに乗せてくれたのは、
駅員じゃなく修理の人?

去る、10月16日に交通行動東京実行委員会(障害者が簡単に公共交通機関を利用出来るようにしていこうという団体)が渋谷から新宿にかけてデモを行いそれに参加した。コースはいくつかの班に分かれ、宮下公園からNHKを回り、渋谷駅に行き、そこから電車で新宿に向かった。私達足の不自由な者は電動、手動車椅子にかかわらず、普通新宿駅に着いたら、ホームから地上にある改札口へ行くために、エレベーターを使う。その時も普段通り、電動(ジョイスティックの四輪)、手動車いすの人は簡単にエレベーターで上がることが出来た。しかしハンドル式電動車いすの人がエレベーター(渋谷駅は箱型の物だからハンドル式電動車いすでも乗ることできる。しかし新宿は直角)に乗ると、駅員が「エレベーターが動きませんので、降りて下さい。」とか、「少し前に地震があったのでその影響で動きません」とか言われ、約2時間ぐらい、エレベーターに乗せて欲しいという交渉が続き、その間、エレベーターのドアがずっと開いていた。そのうちエレベーターから警告音が鳴り(多分長時間ドアが開いていた為)、整備士が調べ、何処にも異常がなく試しに、ハンドル式電動車いすを乗せたままでやってみたら動いたのでようやく降りられた。普通電車で渋谷、新宿間約10分位しかかからないところを2時間ほどになってしまったことになる。さらに後から来た班は、このエレベーターでもめていた時もまだ渋谷で電車に乗れず待たされ、4時間後の午後9時ごろ新宿に着いた。
今までハンドル式電動車いすの乗車を認めていなかったのはお年寄りも乗っているから、そういう人達まで乗って来られ今以上に増えたら困るという思いから(私の予想)最近ステッカー(福祉事務所から交付された証明)を張っている人だけ乗車を認められることになった。
しかしそれでも上記のようなことをされるとここまでしてJR東日本がハンドル式電動車いすを嫌う本当の理由を知りたい。
東武東上線の中板橋駅は近々バリアフリーになる予定。また都営三田線、板橋区役所駅の巣鴨方面にも来年エレベーター設置予定。

すなみ

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年賀状印刷承ります 「心を描く」出版
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  “大林 彩子の心の声”

 第1回 「私がなりたい介護者」

 寒くなって来たこの頃… 私が社会人になり、レイで働くようになり、気付けばもう半年が過ぎていました。また新しい年になろうとしています。
この半年何か変わった事、成長した事と考えても、ただただがむしゃらに仕事をして突っ走ってただけな気がします。自立支援法が可決されたりと目まぐるしく変わっている福祉に対して、果たして私自身ついて行ってるのか?考えると不安なことばかりで…
毎日疲れきってまじめに考える時間なんて正直ないくらいです。でもそれはいけない事くらいわかっています。知識だって豊富じゃないと、色々学ばなきゃと気持ちだけが先走って中身のない人間になりそうな気がします。でも今の私に出来る事から始めたい。夢は大きくても一歩一歩前に進まなきゃいけない。いきなりジャンプしても、わけが分からないだけですし…。
現場に出て、介護の難しさ、人間関係、家族との距離や関係、色々な壁にぶつかりました。
答えなんてない、マニュアルなんてない。そこで私は人と人とのつながりで、その上に介護がプラスされている、そう思うようになりました。というよりそういう介助者でいたい。
もちろん介護に対してプロでなければいけないかもしれません。
トランスが完璧、入浴介助が完璧、どんなことも出来ます。そういう介助者は素晴らしいと思います。でも私はそれだけの介助者にはなりたくない。そう強く感じます。
人は誰だって一人では生きていけないし、私だって一人では生きていけません。助けてもらったり、助けられたり、そういう中で生きているのだと思うし。介護をする人、介護を受ける人ではなく一人の人間対人間のつながりを大事に出来る人でありたいです。
よくわからない文章になりましたが、私はこれからも色々な人に出会い、色々なことを感じ、考え、成長していけるようになりたいです。

角南の豆知識

「男前=いい男は」何故?

仕事姿を前から見るのが(板前さんなど)一番格好良いところから来ているらしい。


編集後記

自立支援法が来年4月から施行されてしまう。
今、24時間介助を受け、好きな時に食べ、好きな時にトイレに行く。というごく当たり前の生活している私にとり制度が変わり、時間数減つまり、介助者のいない時間が出来てしまうということは、また以前みたいにトイレを我慢したり、便秘になったり悲惨な状況に戻ってしまう。
世間で、障害者に24時間介助者を付けるのは、「おかしい」とか「贅沢」とか思われているのを感じる。しかし24時間介助者を付けないと地域で生きていけなくなり、社会参加も出来なくなる。私はずっと人としてそれをやって行きたい。それを世間の人にどうやって伝えていくのかはこれからの課題である。

すなみ

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